世界の出版翻訳事情|ペルシャ語絵本翻訳

翻訳出版をもっと手軽に



































ペルシャ語絵本翻訳事情


愛甲恵子

ペルシャ語絵本翻訳家
サラーム・サラーム主宰


翻訳された訳書一覧

小野明:監修/モハンマド=ホセイン・モハンマディ:詩、モハンマド=マフディ・タバータバーイー:絵「すずめの空 」*蜂飼耳氏と共訳
小野明:監修/カーンヴィーズ・カーカーヴァンド:文、モルテザー・ザーヘディ:絵「ごらん、ごらん、こうやって」
小野明:監修/フェレシュテ・ターイェルプール:文、メフルヌーシュ・マアスーミヤーン:絵「アフマドのおるすばん」
小野明:監修/M.アーザード:再話、モルテザー・ザーヘディ:絵「ごきぶりねえさんどこいくの?」
小野明:監修/ハミード・トラーブリー:作、ジャアファル・エブラーヒーミー:文「フルーツちゃん!」
モルテザー・ザーヘディ:絵、ヴァヒード・シャリーフィヤーン:詩、モルテザー・マフジュービー:音、「黒いチューリップのうた」2010年9月出版予定


愛甲恵子 あいこうけいこ AIKO KEIKO

1976年生まれ、東京出身
東京外国語大学大学院修士課程卒
使用言語;日本語、ペルシャ語





ペルシャ語文学を翻訳する

始めて手掛けた訳書について、ご紹介ください。
どのような内容のものでしたか。その時のエピソードや感想をお聞かせください。

わたしが手掛けた初めての訳書は『フルーツちゃん!』(ブルース・インターアクションズ刊)でした。

5冊連続で出版された「詩の国イランの絵本」シリーズのトップバッターとして刊行されたもので、フルーツや野菜が、作家のユニークなセンスによって動物や時計、舟などに生まれ変わり、そのそれぞれの写真に短い詩のような文章がつけられている、というものです。

短いながらも一つ一つの文章にリズムがあるので、そのリズムを出すことに最大限注意を払いました。


数多くの訳書を手がけていらっしゃいますね。
これまでに最も印象に残る訳書は。理由と併せて教えてください。

「詩の国イランの絵本」シリーズの5冊はそれぞれ印象に残っていますが、最も印象深いのは2冊目の『ごきぶりねえさんどこいくの?』です。

この本は良く知られたイランの民話で、自分を「バラより美しい」と思っているごきぶりが、居場所を見つける旅に出て、その途中様々な動物に出会い、「黒いごきぶりやい!」とからかわれながらも逞しく旅を続け、とうとう働く場所を見つける、という物語。

留学していた時に、たまたま入ったギャラリーで原画展が開かれており、偶然出会うことができた絵本でした。その原画展の会場には、その後現在まで続く長いつきあいとなるイラストレーター、モルテザー・ザーヘディがおり、プレゼントとしてもらった一冊が、「サラーム・サラーム」というイランの絵本を紹介するユニットの活動へとつながっていきます。


大切な縁を取り持ってくれた絵本として、わたしにとってとても重要なこの『ごきぶりねえさんどこいくの?』ですが、内容的にも大変魅力的でした。小さな、嫌われ者のごきぶりが、自分を最も美しいものだと公言し、「ひとにへつらわず」「じぶんで、ちゃんと、やっていく」と宣言する強さは衝撃的でしたし、モルテザーが描いた「ごきぶりねえさん」はごきぶりとは思えないほど大変愛らしく、ごきぶりをそのように描ける感性にあこがれのようなものさえ感じました。


著者は、どのような作家ですか。
著者とは、会われましたか。

詩人です。
子どもの本の文章も多く書いていましたが、残念ながら、出版の数ヶ月前に亡くなり、お会いすることはかないませんでした。


翻訳では、ペルシャ語から日本語へ、が多いのでしょうか。
留学中に、ペルシャ語の絵本を読みあさったことで、その面白さを知ったということですが、具体的にどのような点が面白いと感じましたか。


現在のところペルシャ語から日本語のみです。

イランの絵本を面白いと感じるのは、既知の感覚を超えていくような表現に出会えるからだと思います。イランの絵本の中には「あなたはこの本を楽しめるかしら?」と挑戦されている気分になるものがあります。

そういう本の時は、当たり前ですが、何度も読み返して、絵の力も借りて、物語の深い意味に少しずつ近づこうとします。

基本的にイランの絵本の物語は饒舌ですが、それは決してイメージを固定するものではなく、逆に読者のイメージをさらに押し広げている感じがします。

表現したい事柄を直接的に一言で表現するのではなく、様々な言い方で表現しようとする豊穣な言語文化が影響していると思います。


ペルシャ語の特徴とは、どのようなものでしょうか。
ペルシャ語を日本語に訳する場合のむずかしさとは、どのようなものでしょうか。

ペルシャ語の魅力である豊穣な言葉の世界がまさに翻訳の難しさです。そのまま日本語にするとどうしても「くどい」という感じになってしまうからです。

絵本は文章を声に出して楽しむことの多いメディアですが、ペルシャ語ではすっと読めても、日本語だとくどい感じになってしまうんです。

自分がペルシャ語を声に出して読む時の気持ちよさが日本語でも感じられるよう苦心するのですが、あまりリズムのことばかり考えると、今度は音の楽しさばかりで意味がきちんと伝わらない文章になってしまうので、その点のバランスにも十分注意を払う必要があります。


ペルシャ語専門翻訳者を目指そうとした動機、翻訳者になるための準備、仕事を得るための努力などについて、教えてください。

イランの絵本を日本に紹介したい、というのが動機です。
専門的な準備はしていません。5冊の絵本をシリーズで翻訳した時は、無我夢中といった感じでした。

翻訳者といっても、待っていれば仕事がくるような分野ではないので、イランの絵本を知ってもらう展覧会をプロデュ−スをしながらでした(今もそうです)。

展覧会では、日本語のあらすじをつけた絵本を販売していますが、そういったことをすることによって、イランの絵本のおもしろさを、絵と物語の両面から感じてもらえるようにしています。

このような活動により、少しずつイランの絵本への需要が高まり、日本の出版社に対する翻訳出版の期待が大きくなればと思っています。。


出版翻訳を依頼される経緯は、どのようなものでしょうか。
出版社からの依頼が多いのでしょうか。
翻訳者側から、持込をする場合はありますか。

「詩の国イランの絵本」シリーズの5冊の時は出版社の依頼でした。絵本展を開催した時に知り合った映画のコーディネーターの方がわたしを出版社に紹介してくださったという経緯です。

ただ、シリーズのラインナップを決定する際に、モルテザー作品を出版社側に推薦し、それが採用された、ということはありました。

なお、新刊の『黒いチューリップのうた』(Naturebliss刊)は、絵本とCDがセットになった本ですが、絵本と音楽を融合させた本を作りたい、という企画がまずあって、一から作り上げたものです。この件では、翻訳だけでなく、イラストレーターや詩人と日本の音楽レーベルとの仲介的な役割も果たしました。

なお、気に入った絵本があれば随時、出版社に紹介しています。


「サラーム・サラーム」では、イランの絵本やイラストレーターの紹介、原画展プロデュースなどを積極的に行っていらっしゃいますね。
設立の趣旨について教えてください。

イランの絵本を翻訳することを仕事にしたいけれども、なかなか仕事があるわけではないので、自分から仕事を作ろうという動機で始めました。

とにかく「イランの絵本は結構おもしろいです」ということをまず伝えないといけないと思ったのです。そういうことをしている人もいなかったですし。

実際の活動は、ユニットを組んでいる美術家のフジタユメカが出す様々なアイディアを一つ一つ実行してきたという感じです。


日本におけるペルシャ語書籍販売や出版のマーケット事情はいかがでしょうか。
ペルシャ語文化圏では、日本や英語圏などと、本や出版業界に対する認識に違いはありますか。

ペルシャ語の書籍全般について述べることはできませんが、絵本について言えば、近年イランの絵本の評価が国際的に高まっていることもあり、若干ではありますが、イランの出版社から直接買い付けて訳なしで販売しているところもあるようです。

サラーム・サラームも展覧会やネット販売を行っています。決して大きなマーケットとは言えませんが、絵本好きな方にもっと届くようにできればと思います。

ペルシャ語文化圏というよりイランの状況しかわかりませんが、本作りというのは非常に盛んです。テヘランには中東一といわれる本屋街があって、古本も含めてたくさんの書籍が日々取引されています。

詳しいマーケットのしくみはわからないのですが、本でいう取次制度はないようです。出版社の直営店がかなりあって、絵本についても、出版社の直営店が最も効率的に絵本を手に入れることができる場所です。

ハタミ政権時代までは児童書出版に対する助成がかなりあったようですが、政権が変わってからそういった助成がなくなったというのは聞いています。

なお、イランの絵本業界で作家を悩ませてきたのが版権の問題です。今はだいぶ変わって来たようですが、数年前までは作品の「買取」が普通で、比較的安い値段で作品を買われてしまい、外国での翻訳出版が決まっても作家には全くお金が入らない、という事態も起こっていました。


現在、注目している作家や書籍についてご紹介ください。

まず、ホウシャング・モラーディ・ケルマーニーがいます。児童文学作家です。その幼年期を描いた自伝的作品である『マジードの物語』はデレビドラマにもなった人気作品です。

これは各国語に翻訳もされています。ユーモアとやさしさが絶妙に交錯する少年マジードとおばあちゃんの日々を日本に紹介してみたいです。

また、詩人のアフマドレザー・アフマディ。
絵本の文章も多く書いており、2010年の国際アンデルセン賞の作家賞の最終ノミネートまで残りました。

多くの作品の中でも『シャベ・ヤルダー』という、冬至の夜のことを描いた作品は、イランの絵本の奥深さをおおいに感じさせてくれた印象深い作品で、日本での翻訳出版のチャンスを常にうかがっています。


ペルシャ語本のどのような世界、魅力を伝えたいと考えていますか。

何かを伝えたい時、使える言葉は意外と多くある、ということでしょうか。


イランの絵本を紹介するお立場として、今後、日本(の読者)に希望することは。

「詩」とか「詩的」などというとわかりづらそうなイメージがありますが、一度手にとって頂ければ、そんなに難しいものではないとわかってもらえると思います。

言葉の余韻というか言葉の輪郭がにじんで意味自体が広がっていくような感覚を、魅力的な絵とともに味わって頂けたらなと思います。もちろん味わって頂けるかどうかは、翻訳者の腕にかかっているのですが・・・・。


日本の書籍をペルシャ語で出版することは、どのように考えていますか。
日本の出版物についての関心度はどのようなものでしょう。

ヨーロッパの名作絵本などはかなり翻訳出版されているようなので、日本の絵本もイランで出版されたら、とは思いますが、なかなかそちらまで手がまわっていないというのが現状です。

ペルシャ文学は詩を中心に発展してきたということもあり、俳句に興味のある人は多いです。なお、カリカチュアなどの伝統はありますが、漫画はほとんどありません。日本の漫画の翻訳などは見た事ありません。


今後の計画について教えてください。

現在はサラーム・サラームというユニットで、原画展や絵本展、ペルシャ語の朗読会などを行っています。拠点となっている東京だけでなく、全国各地で行ってきましたが、さらにフットワークを軽くして色々な場所でできる体制を作れればと思っています。

また、若いイランの作家と協力して、「絵本カード」というものを作っています。これは、横長タイプのポストカードに絵本の絵1ページとあらすじを印刷したものです。

質がいいといわれながら、なかなか翻訳出版までは至らないという現状を鑑みて、なんとかイラン絵本の魅力(絵と物語、両方の良さ)をより多くの人に伝える方法はないか、と考える中で生まれました。

まだ自分たちが企画した展覧会などで細々と販売しているだけなので、もっと多くの場所で取り扱ってもらえるようにしたいと思っています。こういった感じでイランの作家と共同してモノを生み出すということも続けていきたいです。









『黒いチューリップのうた』出版記念展覧会のおしらせ
Song of Persia 〜イランの絵と詩と音楽と〜
2010年9月10日(金)〜21日(火)
ロゴスギャラリー(渋谷Parco part1)