「訳者の科白」05
原作、著者との出会い、翻訳の心得と悩ましさ。
訳者が訳書について語る
■出版された翻訳書
『専業主婦でなぜ悪い?!』(文藝春秋)
『産まない時代の女たち』(とびら社)
『母に心を引き裂かれて』(とびら社)
『そのオモチャ、本当に買ってあげていいの?』(ディスカヴァートゥエンティワン)
『ホームスクーリングに学ぶ』(緑風出版)
■遠藤公美恵 ENDO Kumie
早稲田大学第一文学部卒業。金融関係の翻訳を扱う会社に社員として勤めたのち、プロダクションのトライアルを経てロマンス小説を翻訳。並行して、美術図鑑、昆虫図鑑、自然科学系の雑誌記事、ガイドブックなどの翻訳を行う。現在は持ち込みによる出版翻訳を柱に据えながら、母乳育児関連のボランティア翻訳にも従事。
もっとも印象深い訳書はどれでしょうか。
はじめて形になった持ち込み作品という意味では『専業主婦でなぜ悪い?!』も印象深いのですが、やはり、一番といえば『母に心を引き裂かれて』です。
この作品にはAmazonのレビューもそうなのですが、さまざまな方のブログやHPで感想を寄せていただきました。
「救われた」「自分が悪かったのではなかったと気がついた」「心が軽くなった」などの声に、本の持つ力というものをしみじみと感じ、日本に紹介する一翼を担えたことに、大きな喜びを覚えました。
翻訳者としてのやりがいや誇りを与えてくれた訳書でした。
処女作は持ち込みによる翻訳出版でしたね。
出版の経緯について教えてください。
もともとは、翻訳者になるための手段の一つとして、持ち込めるような作品を探し始めました。
はじめのうちは要領もわからず、とにかく「おもしろい本」を探すという形でした。
でも、今は、ランダムにあたっていくことはほとんどなく、自分が読みたいと思い、日本でニーズがあり、英米のほうがリードしているようなテーマをまず定め、それに合致するなかで、もっとも「おもしろいと思う」作品を絞っていきます。
そのため、結局は、そのときどきの自分がもっとも興味を持っていることがテーマになるといえるでしょう。
実際、私が訳したテーマは、私自身の生き方が投影されています。
結婚してまもなく、あたりまえのように「子どもはまだか」という声を浴びせられることに戸惑ったことから、『産まない時代の女たち』が。
最初の子どもを授かり、母親という仕事の大変さと楽しさをつくづくと噛みしめ、けれどもそれがあまりにも低い評価しか得られないことに覚えた憤慨から『専業主婦でなぜ悪い?!』が。
実の母親との確執に苦しむ女性が多いなかで、なぜ理解し合えないのかと疑問を抱いたことから『母に心を引き裂かれて』が。
自分の子どもを育てるうちに、決してお金持ちではない我が家ですら、物を大切にすることをなかなか学べない様子に感じた危機感から『そのオモチャ、本当に買ってあげていいの?』が。
少し子どもが大きくなるとともに、「しつけ」や「教育」という言葉が生活に入り込んできて、なんら強制しなくても寝返りをし、這い、立ち上がり、話しはじめた子どもたちなのに、学ぶことに、なぜ特別な教育の場や「強制」が介在しなければならないのかという不審から『ホームスクーリングに学ぶ』が生まれました。
いずれも、興味を持ってくださる出版社を見つけるのには紆余曲折があり、苦労がありましたが、そうした出会いに恵まれてきたことをとても幸せだと感じています。
翻訳でもっとも工夫したことは何でしょう。
これもやはり『母に心を引き裂かれて』でしょう。
ボーダーライン(いわゆる境界性人格障害)の概念をつかむための勉強や、作中に出てくる膨大な参考図書に目を通すこと、専門用語を理解することに、膨大な時間がかかりました。
また、それらを、一般の読者にすんなりわかってもらえる平易な日本語で表現したいという強い思いがあり、苦労しました。
翻訳技術の難しさとは、どのようなことですか。
やはり、どこまで「書かれている言葉」に忠実に、こだわるか。それと同時に、どこまで、どのように作者の伝えようとしたことをくみ取るか、に尽きるのではないでしょうか。その兼ね合いにいつも、いつも、悩みます。
作者はなぜその単語を選んだのか。作者はそこに何をこめたのか。極限すれば英和辞典もまた「翻訳書」なのですから、「辞書の通りだから正しい」というのは甘えにすぎないと思います。しかし、独りよがりはもっとも避けるべきでもあります。
原書に共感すればするほど、こみあげてくる感動。
ところが、その感動を伝えようと気がはやれば、そこに「思い込み」が生じます。とはいえ、突き放し、客観に徹すればよいかといえばそうでもなく、伝わるべきものが伝わらないという結果が生まれると思います。
言葉の違いとは、文化や歴史や感じ方やそういうすべての違いにほかならない。ぜったいにイコールにはならないものを、すり合わせていくうちには、どこかしらあきらめなければならない部分、捨てざるを得ない部分もあります。
作者に敬意を払いつつ、作品に誠実に向き合いつつその取捨選択をすることが、翻訳の難しさであり、そこに浮かび上がるものが翻訳者の個性ではないかと思っています。
翻訳者を目指したきっかけは何ですか。
幼いころから、英米の物語が好きで読んでいました。
そのうちに、同じタイトルの本であってもイメージがちがう作品があるのを不思議に思うようになり、何種類かを読んだりするようになりました。振り返れば、それが原点かもしれません。
具体的には、大学に入学後、翻訳者の先生が持つ授業を取ったことから、それまで学んできた「英文解釈」と「翻訳」がまったく似て非なるものであることを知り、興味を抱いたことでしょうか。在学中には翻訳学校に通ったりもしました。
卒業後の進路には、大学院受験か翻訳かと迷ったのですが、結局やりたいのは翻訳だと思い、最初は金融関係の翻訳を請け負う会社に勤めました。
出版翻訳には仕事を得る道筋というものがなく、大変狭き門だと聞いていたためでしたが、その後、やはり出版翻訳があきらめきれず、初心に返って、現在にいたっています。
翻訳者に不可欠な資質とは何でしょう。
難しいですね。
本を読むこと。訳してみること。日本の作家の作品を写してみること。
技術面の勉強の方法はたくさんあるでしょうが、結局、肝心なのは、「諦めないこと」「好きであり続けること」の二つのような気がします。
長い下積みの過程で知り合った方々のなかには、大きな才能を持ちながら、翻訳をやめていく人もいました。
「かっこいい」などと言われることもないではありませんが、実を言えば、長い時間座り続け、日々勉強し、眠気に耐え……非常に地味な仕事であるわりには、かならずしも金銭的な報いがあるともいえない厳しい職業です。
ベストセラーにでもなれば別ですが、出版翻訳の場合には特に、自活すらままならない「プロ」が多くいるのが現実でしょう。
そうであるにもかかわらず、なるまでには大変な時間と努力も必要です。トライアル、コンテスト、持ち込みなどのデビューへの道はそれぞれがそれぞれなりに険しく、落ち込むことも、くじけそうになることも多々あるでしょう。
それでも「やめられない」人が、結局は残っていくのではないかと思います。
仕事を得るために心掛けていることは。
これは……私が知りたいですね(笑)。みなさん、どうやって仕事を得ていらっしゃるのでしょうか。
私の場合で申し上げると、今のところ持ち込みばかりですから、面白い原書を探すよう、英語圏のほうがリードしていて日本人にニーズがありそうなテーマに目を光らせるよう心がけています。
私自身、もっともっと、自分の力では探しきれない「おもしろい」本と出会いたい、訳したいという思いは強いので、翻訳の仕事だけでお声をかけてもらうために、何が自分に欠けているのか、何が必要なのかと常々考えています。
そういう意味では、もっと自分をアピールしたり営業したりする積極性が必要なのかな、とは思っています。
新刊の予定はありますか。
はい。秋頃に新刊が出る予定で、今、ゲラを見ているところです。
『心と心をつなぐ子育てのゴールデン・ルール」』(原題“natural child”)というアタッチメントペアレンティング系のエッセイで、カナダ在住のカウンセラーであり、子どもの尊厳を守りながら成長を見守ろうとする団体を主宰するジャン・ハントという女性が、豊富な公私の経験にもとづいて、子どもへの想いや願いのたけをこめた、集大成ともいえるエッセイ集です。
大人の都合ではなく、あくまでも子どものため、子どもの心の成長のために、親は、大人は、何をどうするべきか、というテーマの、とても温かい作品です。
出会ったのはずいぶん前で、さまざまな出版社にお声をかけてはきたものの、「よい作品ではあるけれども、センセーションに欠ける」と判断されることが多く、さりとて諦めることもできず、長いこと温めてきた企画で、自分自身、出版される日を楽しみにしています。
あたりまえだけれど、大切なこと。あたりまえのようだけれども、難しいこと。厳しいけれど、本当のこと、が書かれているすばらしい作品です。
子どもを持つ人はもちろんのこと、一人でも多くの大人の目に触れることを心から願っています。
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