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国際対話に多様性と洗練性を吹き込みたい
日本の研究者には傑出した才能をもちながら
海外で正当に評価されていない
それは英語力の脆弱性に起因することが多い
言語習得を通じ、国際対話を充実させる手助けがしたい
それが日本やアジアの国際力につながるはずだ
はじめて「日本語」に触れたのはいつでしょう。
1980年です。横浜にあるソニーの語学学校で働くため日本へやって来て、妙蓮寺に住んでいました。日本へ来る前から日本語を習おうとはしていたのですが、実のところ「こんにちは」以外は何も喋れませんでした。
ですから、私の日本語に対する印象は主にフィジカルで直感的なものでした。
おかしな話ですが、そもそもの初めから、私にとって日本語は美しくもあり、また奇妙に神秘的に感じられるものでした。自分でも不思議なのですが、日本語に初めて触れたときからその美しさと神秘性を感じていました。過去の深い記憶の中で、自分と共鳴しているような気がしました。
本当に言葉は何ひとつわからず、日本語を単純に肌で感じていたのです。当時は23歳とまだ若く、新しい生活が始まったばかりだったため、そんなふうに感じたのかも知れません。
そのときの「日本語」に対する印象は。
日本語の響きがどんなふうに私の好奇心をそそったか覚えています。
例えば、市場で大声を張り上げる物売り、デパートで洗練されたトーンで敬語を話す若い女性の店員さん、鎌倉の古寺で姿は見えず、どこからともなく静けさの中から聞こえてくるお経を上げる僧たちの声。
そんな全てが混ざり合って、どこか複雑で、歴史の重みのある、人間性の深さに惹かれていきました。
日本留学では哲学思想を研究されたとか。
和辻哲郎や夏目漱石を題材に筑波大学の博士課程で研究しました。
また、文献を読んだり、ゼミのプレゼンに必要だったため、古文の個人的なレッスンを受けました。
英語と比較すると「日本語」はどのような言語でしょう。
日本語と英語の違いについては、とても興味深い質問です。
確かに、具体的な違いはたくさん挙げられると思いますが、最も一般的な意味での違いはただ一つだと思います。
英語は「意味を封じ込める」ように機能する傾向があります。つまり、正確に意味を運ぶために作られているのです。これは特に時間や数字を表す場合に当てはまります。客観的な表現をするために英語を用いる傾向があると言えるかも知れません。状況から一歩身を引いて、距離をおいて観察しようとする姿勢です。
一方、日本語は「意味に可能性の道を開く」傾向があります。要するに、日本語は多くの場合、物事を暗示的で曖昧な状態にしておくことを歓迎しています。その結果、聞き手や読み手は自ら意味を解釈するよう導かれます。
最もわかりやすい例は、日本語は文中の主語がたびたび省略されても、会話のコミュニケーションを妨げることがないという事実かも知れません。英語ではこれは大きな混乱を招くことになります。
二つの言語について極めて広い意味で述べていることは言うまでもありません。当然、日本語が厳密な意味を持ち、英語が非常に比喩的な機能を持つこともあります。
ここで述べているのは、二つの言語が現代までにどのように進化してきたか、日々の生活の中で人々にどのような使われ方をされる傾向にあるかということです。
英語で出版物を出す際に日本人が気をつけるべきもう一つの違いは、学術論文において議論を体系化する方法に関したものです。一般的に、常にというわけではありませんが、英語の論文は論理的かつ系統的な論拠のプレゼンを必要とします。
日本人の研究者はどんなに優秀な人でも、このために苦労することが多々あります。日本人の論文には、教養のある英語のネイティブなら当然期待する必要な論点が欠けていることがあるのです。
もちろん、これは歴史的に日本人が異なる方法で随筆をまとめてきた背景や、必ずしも英語のように厳格で組織的な様式を重んじていなかったことも理由としてあります。
しかし、こうした違いに気付いて意識し、じっくりと学ぶことが、英語による出版を希望する日本人研究者にとっては大きな助けとなるでしょう。
そもそも翻訳者となられたきっかけは。
翻訳の仕事は1985年、筑波大学の大学院生だった頃に始めました。
今はどうかわかりませんが、当時は日本のキャンパスにはあまり外国人がいませんでした。当然、英語のネイティブスピーカーもほとんどいませんでした。
きっかけはある教授が大きな国際会議のために英語の論文を準備する必要が出てきたことでした。私は教授から会議用に論文を翻訳してくれないかと頼まれました。
その後、筑波にいた5年の間、様々な分野の教授や研究者から論文の翻訳や校正を依頼されるようになりました。
日本へ来る以前は大学の出版局で働いた経験があり、ソニーで仕事をした後しばらくは講談社の Encyclopedia of Japan プロジェクトに参加していました。ですから、すでに編集者としてはかなり訓練を積んでいたと思います。
しかし、筑波に来てからは、世界的レベルの日本人研究者の立場や、質の高い言語サポートの必要性について、より広い視点で見るようになりました。
たしか川端康成だと思うのですが、ノーベル文学賞を受けることが出来たのは一流の英訳をしてもらえたおかげだと述べたという話を聞いたことがあります。本当の話かどうかはわかりませんが、この言葉は核心を突いたものです。筑波での私はこの重要性をいっそう実感しました。
どのような翻訳を手掛けてこられましたか。
25年間に渡って、私は多くの魅力的なプロジェクトに関わってきました。
仕事の大部分は、特に初期の頃ですが、学者や研究者の依頼によるものでした。その全てが出版や国際会議でのプレゼンを目的としていました。自然科学や医学の論文も扱いましたが、多くは人文科学や社会科学に関するものでした。人類学、心理学、英米文学や日本文学、アジア哲学、歴史の分野などです。
私はいつもこうしたプロジェクトに対して、ただ論文を作成する仕事としてではなく、人を支援する仕事として臨みたいと思ってきました。翻訳や校正を行う際、依頼者である人物や組織を頭に思い浮かべ、彼らが国際的な場で成功することを願って仕事をします。
プロジェクトが終わると、その結果を聞かずにはいられません。プレゼンはうまくいったのか。論文はいつ掲載されるのか。こんなふうにプロジェクトと関わると、自分が等身大以上の何かもっと大きなものの一部になれた気がして、困難な時にもひらめきを得ることができます。
クライアントの所属する大学は東大、京大、早稲田、慶應、東工大、横浜国立大学などです。彼らと仕事ができることを私は大変名誉に思っています。
ここ10年は、クライアントが日本の企業や宗教団体、文化団体にまで広がりました。営利団体であれ非営利団体であれ、日本の組織は国際的な舞台で自分たちをどのように表現すべきかに気を配る必要があります。企業や組織はインターネットの力を利用し、英語のホームページを持つことで長期間にわたり何百、何千という人の目に触れることができます。自分たちの組織を可能な限り売り込むのが賢いやり方であることは明らかです。
大変興味深いことに、マーケティング言語の翻訳というのは文学書の翻訳と同じくらい洗練させることができます。特にキャッチコピーなどは、すぐにアピールすることを目的としているため、文化的に多様なレベルで共鳴することがほとんどです。
そして大抵の場合、非常に短く、わずか数語の言葉になります。英語でこの感覚を捉えるのは芸術に近いものがあります。ですから、最近でも依頼の幅は広がりつつありますが、我々の姿勢は何ら変わりません。
仕事の例としては、ソニーのホームページや日本総務省の白書、ピクサーの日本人向けファンマガジンの記事、国際アートオークションの資料、日本人の企業幹部のスピーチ原稿、そして宗教に関する多くの書籍があります。
また、アメリカの名門私立校の依頼で、小学校と中学校の日本語の理科の教科書を全て翻訳する仕事もしました。この教科書は今その学校の生徒たちに使われています。これは大変な数の書籍を翻訳する仕事でしたが、私は多くのことを学びました。
翻訳の品質を維持するために、どのような工夫を。
可能なときはいつでも、チームが一丸となってプロジェクトに取り組むことがベストであると信じています。個々の翻訳者が語学の感性を持ち、二つの言語を深く理解し、仕事に対して強い理念を持っていることが理想です。
しかし、この全てを持ち合わせている翻訳者でも、他者の意見に耳を傾けることは重要で、多くの人々のスキルを併せることによる改良は大きな役目を果たします。フリーランスで働いていたとしても、何でも相談できるプロの翻訳者の友人と密接なグループを作っておくことです。日常的にEメールや電話のやりとりをしておくのです。
ただし、尊敬できるプロとして適格な人物を選ばなければいけません。当然、自分もその友人に手を貸し、相互に支援し合える関係が望ましいと思います。
私の場合、フリーランスを長く経験した後、もっと正式な経営体制を構築した方がクライアントに最良のサービスを提供することができると思いました。
そこで、2001年にIRISインターナショナルを設立し、2007年に法人化しました。これにより、僭越ながら真に一流の翻訳者と校正者を集めた少人数のチームを作ることができました。核となるグループは私自身と、大阪に住む優秀なアシスタントと、東京に住むファイナンシャルアドバイザーだけですが、さらに、厳選されたフリーの翻訳者や校正者たちのリストがあります。
彼らは皆、私が長年個人的に親しくし、その仕事ぶりには一目置いている人ばかりです。大規模なプロジェクトが舞い込んだ際には、実績のある翻訳者、編集者、校正者を結集して少人数のチームを作ることができます。
もう一点、私が経験から学び、理解しておくことが重要だと感じたのは、成功とはクライアントのニーズと長期目標に基づいて定義されるべきだということです。私たちはただ一枚の紙切れを翻訳しているわけではありません。それはクライアントという人物に結びつく作品の一部なのです。
例えば、編集作業を行う際には、クライアントである作者が何を必要としているかを理解しておくことが重要です。自分の作品を積極的に校正し、とことん改訂することを希望するクライアントもいます。要するに、赤をたくさん入れて欲しいのです。
また、自分自身のライティングスキルを高めたいと願うクライアントもいるので、この場合は、元の原稿を尊重し、編集者の作品になってしまわないように気を付けることが大事です。もちろん、必要とあれば誤りは正されるべきですが、最終的な仕上がりは全体的に元の原稿の雰囲気を損なわないものにしなければいけません。
作者を失望させるのではなく、自信を与えるべきです。教師が生徒の自信や気力を削いでしまったら、それは明らかに失敗です。編集者とクライアントの関係も同じです。
最近、追加サービスとして行っていることですが、もっと上手い文章が書けるように論文全体を通して批評を求めてくる学者の方もいらっしゃいます。このサービスには好評を頂いておりますので、今後も積極的に行いたいと思っています。
英語のインストラクターもされていますね。
筑波に滞在中、研究交流センターというところで5年間指導を行いました。生徒は皆、筑波の様々な研究機関に所属する研究者で、国際会議でのプレゼンや海外での研究を予定してコースに参加した人ばかりでした。
彼らは知的でスキルの向上に熱心で、非常に教えがいのある生徒でした。比較的高度なレベルのスキルを持った生徒もいましたし、中程度のレベルの生徒も指導しました。今でも、彼らの顔やそのプレゼン内容をよく覚えています。
その後も時々、学者や専門家の方々を対象にレッスンを提供しています。住友、三菱、新ダイワといった企業の幹部の方も含まれます。基本的に一対一のレッスンです。
ご存知かも知れませんが、特に日本人の企業幹部にとって英語のスキルを維持することはかなりの困難をともなうものです。彼らは常に多忙で、多くのストレスを抱えていますし、勉強する機会はほとんどありません。それにもかかわらず、英語での交渉や海外支店のクレーム対応を任され、比較的高度な英語スキルを求められる立場にあるのです。
彼らにとって日本やアメリカの一般的な英会話スクールで勉強することはあまり効率的ではありません。スケジュールの面で見ても不可能な場合があります。ですから、彼らのニーズやスケジュールに合わせた個人レッスンが適しているのです。
これと同じことが大学の学者や研究者にも当てはまります。大抵の日本の学者たちは日々の生活の中でほとんど英語を話しません。しかし、一年に一度や二度は国際会議に出る機会があり、突然高度な英会話レベルを求められるのです。企業幹部と同様に、学者たちのニーズも非常に彼ら特有のもので、職業的に求められる部分があります。
英語の教授法では、どのようなことを重視していますか。
言語を学ぶことは様々な努力を必要とする作業で、重要な点はたくさんありますが、私が全ての生徒に強調して言うただ一つのことがあります。それは「英語をマスターする」という考えにとらわれるなということです。それよりも「コミュニケートする」こと、すなわち自分の知識や感覚、思想を他人と共有しようとする姿勢が大事なのです。
幸か不幸か、英語は国際社会におけるコミュニケーションの乗り物、すなわち媒体となっていますが、覚えておいて欲しいのは、目的地に到達するためには必ずしも完璧な乗り物で旅をする必要はないのだということです。
英文法を全てマスターし、山のように語彙を増やし、完璧な発音を身につけさえすれば、英語でのコミュニケーションが可能である。日本人がそんなふうに考えるのは自然なことです。
しかし、私に言わせれば、それは間違ったアプローチの仕方です。実際、比較的限られた語彙しかなく、発音も完璧とは言えないのに、英語でのコミュニケーションに長けた日本人を知っています。
彼らが持ち合わせているのは、自分の限られた知識を完全に使いこなし、発想を得たり自分の考えを伝えることに集中できる能力です。
大変興味深いことに、言語を完璧に操ることにとらわれず、自分にとって興味のある物事を伝えることに集中すると、英語を話すことは知的刺激を与える楽しい行為になるのです。
何年も前に筑波で教えていた頃、生徒の中にある政府機関に所属する研究者がいました。ロボット工学の専門家で、ロボットハンドの開発を担当していました。彼は必ずしも英語が達者ではありませんでしたが、ロボットハンドの複雑さや科学的な美について自分の考えを伝えようとすることに非常に熱心でした。クラスの中で彼が解説してくれた様子を今でも鮮明に覚えています。
すなわち、ロボットハンドの展望について語る彼に必要だったのは、簡単な言葉と単純な文法だけでした。それだけでクラス中を感動させることができたのです。
日本人が「英語」を使用する場合、どのようなことが最も大切でしょう。
たくさんのことが言えると思いますが、ここでは一つだけアドバイスさせて下さい。それはコミュニケーションに集中すべきで、「完璧な英語」という考えに囚われるべきではないと言った私の言葉に関係しています。
全ての言語を学ぶ人たちにとって必要不可欠なスキルの一つは「circumlocution」の習得です。一般的に「circumlocution」という言葉は主題を回りくどく話し、核心をつかないことを意味します。否定的な意味合いを持つ傾向があります。
しかし、言語理論において「circumlocution」は肯定されています。いわゆる的確な言葉が浮かばない時に、自分の意志を伝えるため別の道を見つける能力を示しているのです。
「circumlocution」能力に長けた人は自分の知っている簡単な言葉を使い、それらを独創的に組み合わせて意志を伝えることができます。言語学における「circumlocution」は精神面の柔軟性を反映していて、このスキルを磨くことは必ず役に立ちます。
20年以上前にソニーの言語学校で教えたある生徒のことを思い出します。技術者たちの中で時には一般の社会人も参加することがありました。彼女もそんな一人で陶芸家でした。決して英語の上級者というわけではありませんでしたが、自分の思いや活動を言葉にすることに秘かな情熱を持った生徒でした。
そこで陶芸というものにどう向き合っているのか、どんな問題に直面しているのかを一度尋ねてみたことがあります。彼女は自分の芸術や日々の挑戦について説明してくれました。そこで、問題に直面した時はどのように対処するのかを訊いたところ、彼女はこう答えました。
「I have to bend my mind to the task」
「素晴らしい」と私は思いました。文法的には間違っていませんが、彼女の表現は英語ではあまり使わないものです。どちらかというと詩的な響きがあります。こうしたことはコミュニケーションの上で非常に効果的な方法なのです。 ある意味では「circumlocution」とは「bending your mind to the task」ということなのです。
つまり、問題を解決する新しい道筋の存在を見出すために内面を柔軟に保つこと、そして最終的に自分の望む目的地に辿り着くのです。
日本人に英語論文を指導する必要性を感じたのは、なぜですか。
筑波大学や筑波研究学園都市で過ごすうちに強く感じるようになったのは、英語で出版したり、プレゼンを行うことが学者のキャリアに非常に影響力があるということです。
日本人の中には、科学や芸術、文学の分野で傑出した才能を示し、啓蒙的な仕事をしていながら、海外に向けて自分の業績を発表していない研究者が数多くいることに気がつきました。
この大きな要因は、彼らが優れた翻訳家や編集者と出会う機会がなかったことです。彼らの多くは、自分たちも国際的な学会に参加できると考えたことすらなかったのです。
もっとたくさんの日本人が参加できれば、国際対話はさらに充実したものになると思います。このために私も尽力を惜しまない気持ちでやってきました。
日本人が第二公用語として「英語」を習得すると「日本語」は変化するでしょうか。あるいは日本人の意識に変化は起こるでしょうか。
面白い質問ですね。
確かに言語は生き物で変化するものです。日本人が第二の公用語として英語を習得することで、日本語にどれくらい重大な変化が起きるのかわかりませんが、言語そのもののレベルに真の変化が起きるには長い時間がかかるでしょう。
しかし、言語の学習が私たちの意識を拡大させることを私は知っています。これは単純に知識を増やすのとは別のことです。言語を勉強すると、基本的に人は一体となった世界観に触れることになります。すなわち、世界に対する認識が体系化されていくのです。この認識はその人の真価によって形作られます。
長い時間をかけて言語を勉強し、意識を高めていくうちに、面白いことが起きます。一方では、自分の国の言語や文化に対する意識が強くなります。以前なら決して考えなかったようなことに目を留めるようになります。「日本人」であること、「アメリカ人」であること、どんな国籍であっても、それが意味するところを深く知るようになるのです。
また同時に、皮肉にも、ちっぽけな自分よりずっと大きな存在を垣間見るようになります。つまり、より深いレベルで「一人の日本人」であること、「一人のアメリカ人」であること以上の何かに気づき始めるのです。そして、自分がその大きな何かの一部であることも感じます。
この経験について大げさに話すことはしたくありませんが、言語の学習には私たちという存在の二面性に対する意識を開く役目があるように思います。国籍による特殊性、そして全人類と共有するそれ以上に大きな何かという二面性です。
日本滞在中に「politics of language」を意識するようになったとおっしゃっていましたが、これはどのような概念ですか。
筑波に滞在中、英語が国際語であるという意味をより強く意識するようになりました。現実には、英語が本質的に優れているとか簡単だからという理由ではなく、歴史や政治的な出来事によって英語が国際語になりました。
結果として、私のようなアメリカ人は国際レベルでコミュニケーションができるという有利な環境に「生まれついた」ことになります。
つまり、私が「politics of language」という言葉を口にする時、国際対話やそれに関わる人々の不均一な権力構造を念頭においています。
IRIS Internationalを経営されています。そこでのミッションは。
弊社IRIS Internationalにおけるひらめきは、様々な面で、前述の権力構造をささやかながら変えていきたいと願う私の気持ちから生まれました。私たちは国際対話を充実させる手助けがしたいと思っています。もっと多くの声を伝えたいのです。国際対話にもっと多様性と洗練を吹き込みたいのです。
私たちのターゲットは日本人やアジアの人々です。より多くの人が国際的な舞台で活躍できるよう支援していきたいと願っています。
弊社IRISのキャッチフレーズは「Fostering an International Voice for Asia」です。「Fostering」には「親身になって発展を支援する」という意味があります。まるで自分の家族のように他者のことを気にかけるというニュアンスが含まれています。
英語の「voice」にも日本語にはない特別なニュアンスがあります。英語で「have voice」や「be given voice」という言い方をする時、そこには人々に自分の存在を認めさせるという意味があります。ですから、「to foster someone‘s voice」は社会におけるその人の存在意義を親身になって高めていくことを意味します。これこそが私たちのミッションです。
出版関係のコンサルティングもされているとか。
学者や研究グループ、文化組織の中には、英語で本を出版したり米国での販売を希望する方がおられます。私たちには米国での本の出版に関する様々なサービスを提供することができます。
サービス内容には、原稿の翻訳や校正、出版用資料の準備、グラフィックデザインやレイアウトのサービス、ISBNナンバーとバーコードの購入、米国議会図書館への本の登録(米国内の公共図書館や大学図書館への普及を促進)などが含まれます。
また、アマゾンへの本の登録も行っています。本の内容やその他の要素に応じて、著者の訪米時には講演会やサイン会を開くことがあります。
さらに、こうしたイベントを新聞記事に載せるなど、販売促進のサービスも行っています。
あるいは日本やその他各国での出版に向けて本1冊分の長さの翻訳原稿を校正することもあります。この場合、必要に応じて翻訳の手直しや再翻訳を行います。ネイティブスピーカーであるプロの翻訳家を雇う余裕のないクライアントの場合にたびたびこのアプローチを用います。
これまで手掛けられた出版物は、どのようなものがありますか。
2004年に、韓国の禅師であるKyunghoon氏の著書:『Living Peace: Poetic Reflections of a Korean Zen Master』を英語で出版するという仕事に携わりました。この本は美しい禅詩と学者Hyedang Sunim氏の解釈で構成されていました。彼もまた禅僧の一人です。
翻訳はBanyahaeng Chookung Lee氏によって行われ、私たちに任されたのは翻訳の手直しと、米国での出版準備全てでした。結果として大変センスの良いデザインの本が出来上がり、アマゾンで売れ続けています。
しかし、話はそれだけにとどまりません。この本が最初に出版された当時、著者の方々が私たちにお礼を言うために米国を訪れたいとおっしゃったのです。本当に礼儀正しい方たちだと思いました。
本のテーマや著者の方々の知名度のおかげで、私たちは大学や禅センターでの講演会をいくつか企画することができました。また、サイン会やレセプションパーティーを開きました。
このイベントについては米国でも韓国でも新聞で取り上げられました。禅師の韓国での活動の一つとして、刑務所で仏教を説くというものがありました。彼は滞在中に米国の刑務所でも同じような活動をしたいと希望されました。
そこで、私たちはオレゴンの厳重に警備された刑務所の中で仏教の教えを説く場を設けました。無期懲役の人も含め30人以上の受刑者が彼の話を聞くために集まりました。
このイベントは新聞にも取り上げられ、「禅師が受刑者の心に希望の光を注ぐ」という記事が、ハーバード大学の「宗教的共存プロジェクト」のホームページに掲載されています。こうした偉業に関わることができたのは私たちにとって大変光栄なことです。
今後の構想、将来計画などがありましたら、教えてください。
そうですね、私たちには具体的な将来計画があります。その計画はどれも、日本やアジアの国際的立場を発展させるという私たちのミッションを十分に実現させるためのものです。
現在、ターゲットとしている二つの分野があります。
一つ目は、私たちの校正サービスを学術論文にも拡大することです。これは私たちの力を発揮できる分野の一つだと確信しています。
二つ目は、電子書籍のような形式やアマゾンで利用可能なサービスの人気が高まっていることを受けて、本の出版サービスを提供する機会をもっと増やすことです。電子書籍を利用することによりコストは抑えられ、より多くの人々が出版の機会を得ることになります。以前は電子書籍があまり受け入れられていませんでしたが、今は主流になりつつあり、もちろん環境に優しいこともあります。これは私たちにとって重要なことです。
こうした二つの目標に加えて、新しいホームページの開設も計画しています。ホームページの中で、国際的貢献に値する仕事をしている日本人やアジアの人々を紹介する予定です。学者や芸術家、作家、研究グループ、21世紀COEプログラム、学術協会など、様々な人々の活躍が見どころになります。知名度の高い人もいれば、そうでない人もいますが、全員が取り上げるだけの価値とインスピレーションを与えてくれるものを持っています。
私個人としては、いつかこのホームページ上で論文の執筆法や効果的なプレゼンに関するレッスンを提供したいと思っています。私たちのホームページが人々にとって学びの場、他者と繋がる場、そして刺激を受ける場になってくれればと願っています。
インタビューの最後に、WASEDABOOKの皆様に心よりお礼を申し上げたいと思います。私たちの経験や将来のビジョンをお話しする機会を頂けたことに深く感謝します。
Rosemary Morrison
ローズメリー モリソン
1956年生まれ、米国オレゴン州セーラム(Salem, Oregon, USA)出身
母国語;英語、使用言語:日本語
専門分野:人文科学・社会科学の全分野・マーケティング言語
訳書:『Living Peace: Poetic Reflections of a Korean Zen Master』 他
10年間日本で生活し、25年間、翻訳者・校正者として活躍。ソニーや講談社で働いた後、筑波大学大学院哲学思想研究科(湯浅康雄研究室)に留学、修士過程を修了、現在、博士論文を執筆中。
現在、翻訳会社「IRIS International」を経営。
interviewed by WASEDABOOK


