
佐藤弦
日本のローカリゼーション業界は今や成熟期に突入
黎明期から業界を知る佐藤氏が
機械翻訳、サーバーTM、言語品質をテーマに語る
ローカリゼーションの現在と未来
Vol.1 翻訳メモリ/前編
はじめに
6回に渡り、ローカリゼーション業界の現状と未来について連載します。
どのような経験を基に話をさせていただいているか分かっていただいた方が良いので、簡単に自己紹介をさせていただこうと思います。
私は、高校三年のときにアメリカに留学し、そのまま大学時代をアメリカで過ごしました。日本に帰国してから、しばらくは翻訳とは関わり合いのない仕事をしていたのですが、1999年に、友人の勧めで翻訳会社で翻訳のアルバイトを始めました。
そのまま品質管理、コンサルティング、翻訳チーム管理、外部翻訳者の登録など、多岐にわたる業務を行うようになってしまいました。これは、生来、‘器用貧乏‘な性格によるものだと思っています(笑)。
現在は、外資系翻訳会社で、翻訳支援ツールの販売促進業務を行わせていただいております。
翻訳業界においては10年の経験というのはまだまだ駆け出しだと思いますが、日本における歴史の浅いローカリゼーション業界(長く見積もっても20年程度)では、そろそろベテランになってきました。
何を目指すべきか
この連載では、ローカリゼーションの現状について語るとともに、ローカリゼーションの未来とは一体どのようなものかということを考察したいと思います。
リーマン・ショック以降の不況の影響ももちろんですが、ITインフラの整備がほぼ終了した2003年頃からローカリゼーション業界は翻訳単価の下落が止まらず、業界の将来について否定的に語る人も少なくありません。
そんなときに私は、業界の’ベテラン選手’として、経済状況について嘆くだけで良いのかと疑問に思っていました。
翻訳単価が下がる一方なのには2つの原因があります。
1つ目の理由としては、ローカリゼーションの顧客起業がIT企業であるということ。IT企業の多くは「効率化」を自らの信念として掲げています。
ですから自然な流れとして、下請けを行う会社にも「効率化」を求めます。その指標の一つが「単価」なのです。
2つ目の理由は、ローカリゼーションを行う会社が増加したことです。
当然、競争が熾烈になり価格にも大きな影響が出ます。翻訳支援ツールを使用したコストの削減や、文体や用語の統一は、少なくともIT企業という顧客にとっては、特別なものではなくなりました。
この2つの原因について、よく考えてみると、ローカリゼーション業界が翻訳支援ツールの導入以降、技術やサービスの革新を行えていないという事実に突き当たります。
革新を行っていないから顧客における価値が下がり、新しい競争相手が増えていくわけです。
これは、経済状況や業界に関わらず、真実なのではないでしょうか。
このような考察から私は、ローカリゼーション業界がやらなければいけないのは、経済の回復を待つことではなく、技術やサービスを革新していくことだと考えるようになりました。
サーバーTMとは
翻訳支援ツールは、この20年余り、常に進歩してきました。リーディング企業であるTradosは、2009年に25周年を迎えました。
翻訳メモリの発明、用語データベースとの連携、翻訳業務用エディタの開発、ダブルバイド言語や双方向言語への対応、さまざまなファイル形式への対応など、OS、エディタ製品、データベース製品の進歩と歩幅を合わせ、すべての機能を向上させています。
そんな中、最も革新的な機能であるのに十分に活用されていないのが、サーバーTMです。
サーバーTMとは、翻訳メモリをサーバー上に置き、ネットワークを介して、同じプロジェクトを行っているすべての翻訳者が同じ翻訳メモリを参照するシステムです。
サーバーTM製品が出始めたころ、ローカリゼーション会社の多くは、このシステムに移行することを検討しました。
しかし、現在でも主流はデスクトップ翻訳メモリであり続けています。
主な理由は、サーバーTMの管理方法が確立していないことでしょう。サーバーTMを使用した場合、共有のTMがリアルタイムに更新されるため、参照する翻訳が常に変化していきます。
これにより、翻訳のコスト計算(多くの翻訳会社は、翻訳メモリから流用できる訳文に対してディスカウントを求めるため)や文体の統一に影響が出ます。
やや込み入った話なので、比喩を使ってみましょう。
たとえば、あなたが誰かと共同で一枚の絵を書くときに、相手と同時に描くのと、相手が描き終わった後に描くのと、どちらが好ましいと思うでしょうか。
友達と楽しむために描くのなら同時に描くのでも良いでしょうが、面識のない人と仕事として行うのであれば、相手が描き終わった後に自分の分を描きたいのではないでしょうか。
また、自分の画力に自信がある場合は、どこまでが自分の仕事であるか明確にしようと思うかもしれません。極端な喩えかもしれませんが、翻訳者には多かれ少なかれ、こうした職人気質が見てとれます。
さて、話の途中ですが、今回はここで話を終えたいと思います。
次回は、サーバーTMの話をもう少し続けて、結論まで辿り着きたいと思います。
つづく

