翻訳物語|リンガ











写真撮影 大町良子




■翻訳者となる経緯


翻訳者として独立したのはいつですか。

フリーとして初めてのお仕事をお引き受けしたのは2002年11月ですが、その後、社内翻訳者として会社勤めをしたり、派遣社員とフリーという2足のわらじをはいていた時期もありましたので、実質的に「フリー翻訳者として独立」したのは2006年半ばでした。

専門の言語は英語(英日)、分野はIT&T、医療機器などの技術分野ですが、それ以外の分野の案件をお引き受けすることもあります。


これまで、どのような翻訳をされてきましたか。

主な実績としては、各種IT&T関連製品のマニュアルやオンラインヘルプ、ユーザーインターフェースのローカライズ、さまざまな分野の企業ウェブサイトなどがあります。


翻訳者になろうとしたきっかけについて、教えてください。

大学卒業後、設計技術者として建設コンサルタント会社に勤務していましたが、残業の多い業界について行けるだけの根性がなく、退職を決意。

ただ遊んで暮らすわけにもいかないので、何か手に職を、と考えていた際に、技術者時代にある業務で土木関連の資料翻訳を担当したことを思い出し、翻訳は案外自分に向いているかもしれないと特に根拠もなく思い立ったのがきっかけです。


翻訳者になるために、どのような準備をされましたか。

建設コンサルタント会社を退職後、準備期間を経てオーストラリア・シドニーにある大学の翻訳者養成コースに入学しました。


■留学翻訳者としての全般的な悩みと苦労


オーストラリアに留学し、翻訳の修士号を取得されていますね。

私が在籍した大学では、翻訳者養成コース(修士課程)は言語学部の一コースとして提供されており、対象言語は日本語のほか、中国語、韓国語、フランス語、AUSLAN(オーストラリア手話)があったと記憶していますが、現在ではさらに他の言語も加わっているかもしれません。

コースの内容は言語学的観点からアプローチする翻訳理論の科目(英語で実施)と各対象言語にわかれて実施される翻訳・通訳実習という2つの要素で構成されていました。

翻訳の実習では、英語からLOTE(Language Other Than English)、LOTEから英語の両方を学びました。当時、このコースに在籍する日本人学生の多くは、オーストラリアの翻訳・通訳の国家資格であるNAATI(National Accreditation Authority for Translators and Interpreters)取得を目標としていたため、翻訳・通訳の実習ではその準備に多くの時間があてられていました。

翻訳実習ではNAATIの試験問題を教材に使用し、各学生が前もって翻訳して提出した訳文を講師が採点し、実習時にそれについて議論するという形式をとっていました。

私が在籍した当時、日本語コースの学生はほぼ全員日本人だったため、日本語の理解力に問題がある人はいませんでしたが、英語力のレベルはまちまちで、先生方もどのレベルに照準を定めるかを決めかねているような印象を受けました。

その後、入学資格である英語能力試験(TOEFLIELTS)の基準点が引き上げられたそうなので、このような問題は解消していると思われます。


NAATIという翻訳・通訳資格について教えてください。

NAATIは、“National Accreditation Authority for Translators and Interpreters”の略で、オーストラリアにおける翻訳・通訳の国家資格とその認定機関の名称です。

試験には、英語から他言語/他言語から英語(どちらか一方、または両方を選択)の翻訳問題に加え、“Ethics”と呼ばれる職務倫理に関する記述問題もあります。

保有者数はわかりませんが、資格認定の対象言語は数十にも及び、翻訳に関係のない一般の人のあいだでもかなり広く存在を知られています(ビザ申請関連の書類翻訳でお世話になったという人が多いためかもしれません)。

また、オーストラリアの永住権取得を目指す人の中にも、NAATIの受験を検討するケースが結構あります。

これは、永住権申請の要件となるポイント(年齢、職業、職歴などに応じてのポイントが加算され、合計ポイント数が一定レベルを満たしている必要があります)の取得に有利になるためです。

試験のレベル自体は、それほど高度ではなく、オーストラリア国外での知名度もそれほど高くないため、この資格があれば、すぐに翻訳の仕事をとれるというものではありません。

オーストラリア国内では、移民局をはじめとする公的機関の文書の翻訳や法廷、社会保障関係の通訳といった案件を受けられるのはNAATI保有者に限られているため、オーストラリア在住の翻訳者・通訳者にとっては、やはり必要な資格であるようです。


■翻訳者としての全般的な悩みと苦労


初めて翻訳の仕事は、どのようなものでしたか。

翻訳者としてのスタートは、シドニー時代の同級生が帰国後に都内の翻訳会社に就職し、トライアルを受けてみないかと声をかけてくれたことがきっかけでした。

幸いなことに、そのトライアルに合格し、小さな案件をいくつかいただいた後、その翻訳会社で社内翻訳者として使っていただけることになりました。

その会社に在籍したのは数か月だけでしたが、その間に多くのことを学べたこと、そしてその後もフリー翻訳者としてお仕事をいただけるようになったことは、とにかく幸運に恵まれたとしか言いようがありません。

もちろん、その幸運を生かし、持続させる努力も不可欠だと肝に銘じています。


現在、翻訳業の他に仕事を行っていますか。

現在のところ、翻訳を専業としています。


翻訳の品質を維持、向上のために、どのような対応をしていますか。

当然のことではありますが、自分の力量に照らし合わせて所要時間を正確に見積もり、確実に仕事をこなせるスケジュール管理を心がけています。


現在の仕事では、どのような翻訳分野が多いですか。
その分野での翻訳での難しい点については。

IT&Tや医療機器といった技術分野の案件が圧倒的に多く、これらの分野では常に新しい概念や用語が登場するために、それらを適切に訳出していくことに難しさを感じます。

カタカナ用語についても、はたしてカタカナのままでよいのか、よりわかりやすい日本語訳があるのではないかと日々頭を悩ませています。

また、オリジナルの原稿が、英語を母語としない人によって書かれているケースも多く、前置詞が抜けているなどの単純な文法上の誤りや、ありがちなスペルミス(“adapt”と“adopt”など)などに注意しながら、正しい日本語に訳していくのに苦心することもあります。


技術翻訳では支援ツールを利用しますね。

確実に用語や表現の統一を図れるという点で大きなメリットがありますが、一方で一文一文を翻訳単位として訳出するという工程上、訳文全体の流れがぶつ切れにならないように注意が必要であるとも感じています。


翻訳をしていて辛さや苦労する点は。

優柔不断な性格のためか、どの仕事を引き受けるかに始まり、訳文にどの用語を使用するか、など、常に意思決定をしていかなければならないことに辛さを感じる時があります。

もっとも、意思決定はどのような仕事でも発生することですから、これを辛いと言っていては始まらないのですが...。そんなときは、自分の翻訳が、どこかで誰かの役に立っているのだと考え、自らを奮い立たせています。


翻訳のどのような点が面白いですか。

前述したような「意思決定」が、翻訳の辛さでもあり、面白さでもあると思います。


翻訳者として楽しいと感じるときはどのようなときですか。

前々問、前問で回答した「意思決定」に関連することですが、一つ一つの意思決定がジクソーパズルのピースのように合わさって、訳文というパズルを作り上げている、という高揚感と充実感が得られたとき、翻訳をやっていて良かったと感じます。


■翻訳という仕事の獲得


オーストラリアの翻訳の需要はいかがですか。
日本からの受ける仕事の割合について教えてください。

オーストラリアは現在も多くの移民を受け入れている多民族国家であるため、移民やビザ関連をはじめとする翻訳や通訳の需要はかなりあるようです。

翻訳に関して言えば、例えばオーストラリアの永住権を申請する外国人が、母国語(英語以外の言語)で発行された出生証明書などの公的書類の英語への翻訳を依頼する、などの案件が数多くあります。

また、オーストラリアは国土こそ大きいものの、人口は2,200万人足らずで市場としては小さいため、海外進出に目を向ける国内企業も多く、そのような企業のウェブサイトや製品案内資料といった案件もあります。

私自身の受注割合については、具体的な数字はわかりませんが、日本在住時代からのお客様の案件が最も多く、残りが地元オーストラリア、アジア、欧州、北米のお客様、という内訳になるかと思います。

現在は英日翻訳を専業としていますが、地元オーストラリアでの翻訳需要は日英も多いため、将来的には日英にも手を広げようと思っていますが、なかなか準備に時間を割けてない状況です。


翻訳業を続けていくには、どのようなことが大切でしょうか。

正しい日本語に触れ、正しい日本語を使うことだと思います。
日本語での日常の会話やメール文などに、英単語が不必要に混じらないように注意しています。


今後、翻訳者をめぐる環境は、どのような変化すると思いますか。

どのような職業であれ、技術の進歩と無関係ではいられないと思いますが、翻訳者もその例外ではなく、インターネットを通じた新規顧客の開拓や、新しいツール(ハード/ソフト)の導入・習熟など、最先端を走らないまでも、遅れずについて行く努力は不可欠だと感じています。


■翻訳という仕事の未来


理想の翻訳者像について教えてください。

実務翻訳に限って言えば、定食屋ではありませんが、「速い、安い、うまい」つまり、適正な品質の翻訳を、適正な価格とスピードで提供できる翻訳者であれば、環境の変化や荒波もくぐり抜けられるのではないかと考えています。

また、翻訳自体は孤独な作業だとしても、お仕事をいただく過程では人間対人間のやりとりが介在するわけですから、いつも気持ちよく仕事ができる翻訳者だとお客様に思っていただけるように努力することも大切だと感じています。


将来、どのような翻訳を手がけてみたいですか。
翻訳者としての夢は?

夢と言うにはあまりにささやかですが、翻訳という仕事を地道にこつこつと続けていけたら、と考えています。

翻訳を生業とするということは、「手に職」があるということ。気力と体力が続く限り、そしてパソコンとインターネット環境があれば続けられる仕事であり、そういう職業を選べた自分はラッキーだと常々感じています。

もちろん、フリーランスであるがゆえの悲哀もありますが(笑)。


あなたにとって、「翻訳者」とは何でしょう。

月並みですが、「橋渡しをする人」でしょうか。

小説であれ、取扱説明書であれ、翻訳者は2つの言語、そして文化の間をつなぐ存在なのだと自負しています。






大町良子 おおまちりょうこ Omachi Ryoko
翻訳者 オーストラリア シドニー在住