ローカリゼーション最前線|リンガ



シリーズ「ローカリゼーション最前線」
ローカライズの主役たち

橋本大介

言語の種類に関わらず標準化と効率化を行い
書き手の意図を読み手に正確に伝える



はしもとだいすけ Hashimoto Daisuke
出身地; 群馬県
母国語; 日本語
使用言語; 英語
専門分野; IT 系全般、ビジネス一般
UCLA卒業後、マニュアル制作、翻訳チェッカー、コーディネーター、コンテンツ制作などの職業を経て、2006年からフリーランス翻訳者として活動中。



翻訳者への道

翻訳者になる前は、どのような仕事をされていましたか。

某ソフトウェア開発会社にて、マニュアル制作、翻訳チェッカー、コーディネーターなどです。


翻訳者を目指そうとした動機はどのようなことですか。

昔から英語が好きで、職業に絡めたいと思っていました。
その得意とする手段を利用して、「人に何かを伝える仕事」がしたかったのです。


翻訳者になるために、どのような学習準備をしましたか

翻訳専門学校に半年ほど通学、プロ翻訳者である講師にも積極的にアプローチ、また、無料のコミュニティやセミナーに参加して情報交換などです。


翻訳者になる準備段階で、生活スタイルは変わりましたか。

在籍していた会社を退職し、独立しました


翻訳会社もしくはクライアントによる翻訳トライアルを何社、受けましたか。

20 〜 30 社ほど。


翻訳トライアル結果は、どのような状況でしたか。

70% ほどは合格


「トライアル」という文化は翻訳業界に特有のものですが、翻訳者の「翻訳技能」を精確にテストできるものだと思いますか。

そこまで精密にはテストできないと思います。
無料で実施される場合がほとんどのため、分量も時間も限られることが大きな理由です。
ただし、実施する側にも相応のコストが発生するため、ある程度は仕方ないとも思います。


翻訳者のライフスタイル

翻訳者として自立し、初めての翻訳の仕事は、どのようなものでしたか。

ソフトウェアのマニュアル翻訳です。


これまでに最も印象的だった翻訳の仕事はどのようなものですか。

自転車の取扱いマニュアルです。
門外漢だったため調査に苦労しました。


専門および取り扱い分野について、教えてください。

ハード/ソフト系マニュアル、仕様書、HTML/XML などのコンテンツ、セキュリティー関連/ISO関連ガイドライン、社内資料、ブローシャー、パンフレットなどです。


専門および取り扱いの言語について、教えてください。

英語(英日)です。


受注しているなかで、比較的多い文書の種類、形態について、教えてください。

MS Word、HTML、XML、PPT、PDFとなります。


翻訳会社もしくはクライアントのインハウス翻訳者としての経験はありますか。

会社員時代に、1 年ほど社内翻訳者を兼務しました。
独立後は経験はありません。


フリーランスとして自立する場合、何がもっとも困難でしょうか。

継続的な仕事量の確保です。
ただし「完全な安定」は存在しません。


翻訳を行う時間帯、作業配分など、スケジュールの工夫や難しさついて教えてください。

時間帯は特に決めていません。
日程の変動は IT 業界の常であるため、リスク分散するために複数社の案件を同時に予定/作業することも多いです。
ただ、それにより、あまりにタイトな日程になってしまうこともあるため、この辺りのバランスを取るのが難しくなります。


フリーランスとしてのライフスタイルについて自由でうらやましいといった声もありますが、どのように思いますか。

一長一短だと思う。自由であるのは事実だが、組織に属している場合とは異なり、守ってくれるものは何もありません。
隣の芝が青く見えるような部分が大きいのでは。


フリーランスとして生き延びていくための厳しさとはどのようなことでしょうか。

前述同様、継続的な仕事量の確保です。
そしてすべて「自己責任」であることです。



sunset.JPG仕事部屋から見える風景


翻訳者になってよかったと思うこと、翻訳者冥利に尽きるというようなことはどのようなことでしょう

時間の融通が利く点。
また、ミスがあれば 100% 自分の責任だが、品質を褒められれば 100% 自分の実力のみが評価されたことになる点です。



技術翻訳の世界

翻訳を行う場合の心構えとして大切にしていることを教えてください。

イレギュラーな事態に対応できるよう、常に少し前倒しで作業する、ということです。
厳しすぎる日程は可能な限り組まないようにします (断る勇気が大切です)。


翻訳を行う場合、技術上、心掛けていることを教えてください。

・対象の 1 文だけを見るのではなく、読み手は誰なのか?
・過去の類似案件ではどのように処理されているのか?
・書き手が本当に意図していることは何なのか?
といった点を常に意識しています。


翻訳の品質について、一定水準を維持するために、実践していることはありますか。

独自のチェックツールを使用して、過去に生じたミスの再発を防止しています。
また、翻訳完了後、訳文のチェックを行う前に、できるだけ時間を空けています、つまり訳文を寝かすことをしています。


「翻訳支援ツール」や「機械翻訳」に対する信頼性について、教えてください。

どちらにも絶対的な信頼性はありません。
ただ、「翻訳支援ツール」は、過去訳との訳揺れを防いだり、用語統一の一助となります。
「機械翻訳」は、精度が増してきているため、簡単な文章の下訳程度にはなる場合がありますが、人間の目視や記憶には限界があるため、その穴を埋めるものという認識です。


「機械翻訳」は、翻訳者の脅威となりうるものですか。

現在までの機械翻訳の精度を見る限り、脅威にはなり得ないと思います。
ビル・ゲイツも、今後 50 年は機械翻訳が人的翻訳に代わるものにはならないと述べています。
個人的には、インドや中国の安価な技術者が翻訳を片手間で行うようになることの方が脅威だと思います。


「翻訳支援ツール」は、何を所有、使用していますか。
その中で、翻訳社として優れていると思われるツールについて教えてください。

Trados、TranslationManager (TM/2)、Passoloを所有しています。
それぞれに良さはあるが、ほぼすべてのファイル形式に対応し、業界標準とも言える立場を築いている Trados が、最も優れているのではないかと思う。


ローカライズ業界では、「翻訳支援ツール」の実装によって、報酬体系まで変化させてきました。いわゆる翻訳メモリのマッチ率に準じた比例レートの適用は、翻訳作業の負荷に見合うものだと思いますか。

基本的には見合うものだと思います。
ただし、案件内容やメモリ訳の品質によっては、負荷の方が高くなる場合も少なくないでしょう。


「翻訳支援ツール」に頼るローカリゼーションビジネスの問題点があれば、ご指摘ください。

複数のメモリ訳が混在していくと、将来的な翻訳作業で余計なコストが生じる可能性が高く、翻訳メモリデータベースのメンテナンスをしっかり行う必要があります。
また、マッチ率に準じたレートは企業ごとに独自に決められるため、全体的な単価のベースダウンの要因となる可能性もあります。


ローカライズでは、製品の世界同時発売に合わせ短納期が宿命付けられてもいます。
納期優先と品質維持は両立できるでしょうか。

クライアント要求のレベルにもよります。明らかに両立できない場合もあります。
納期は絶対的なものであるため、翻訳者側としては、その期間で可能な限り品質の高い成果物を目指す努力をするしかありません。
その上で、当該期間では品質に影響する可能性アリと判断した場合は、案件開始前に申し出るなど、クライアントとの調整を行うべきだと考えます。


ローカリゼーションにおける技術翻訳は表現の標準化(均質性、統一性)と効率化に集約されるという指摘があります。これによれば、技術翻訳は、文芸翻訳などにみられる日本語特有の表現の多様性、多義性を喪失していくプロセスということになります。
表現者として、ローカリゼーションとしての翻訳の本質とは何だと思われますか。

ごく一般的なヘルプやマニュアルのローカライズに関して言えば、日本語特有の多様性、多義性は失われます。
しかし、それこそが、ローカライズで求められる絶対条件であると思います。

逆に考えれば、多様/多義の日本語でこれを行う方が難しいとも考えられます。
「その言語特有のものを活かす = 翻訳」ではなく、言語の種類に関わらず標準化と効率化を行い、書き手の意図を読み手に正確に伝えることがローカライズの肝であると考えます。


日本経済の衰退とともに、ローカリゼーションにおける「日本語」の位置づけや重みが後退しているようです。
ローカリゼーションの主たる担い手として、今後の翻訳業界に、どのような希望と展望を抱いていますか。

個人翻訳者が経済全体への影響まで左右するのは難しいことであるが、国が存在する限り、そこには文化と産業が必然的に存在します。よって、そこには言語変換の必要性も生じることになります。

翻訳者は、自信のスキルと日本語力にプライドを持てるような努力を怠らずに、
安易な単価引き下げなどを行わないようにすべきであると思います。
必要であれば付加価値の提供も視野に入れ、今後インドや中国の技術者が
翻訳も片手間で行うような状況になったとしても、それに対抗し得る体勢を準備していく必要があるでしょう。