シリーズ「ローカリゼーション最前線」
ローカライズの主役たち
長井栄美
ローカリゼーションとしての翻訳の本質は
書き手の意図をよく理解して伝えること、
それが表現者としての原点でもある
ながいえみ Nagai Emi
出身地; 新潟県
母国語; 日本語
使用言語; 英語
専門分野; コンピュータ (ソフトウェア、ハードウェア)、ネットワーク/通信、ERP/CRM/SFA、経済・金融
資格、学位等; 英検準 1 級、英文学士
流通企業、銀行系コンサルティング企業で翻訳業務、翻訳会社での翻訳チェッカー、翻訳業務を経て、1999年からフリーランス翻訳者として活動中。
■翻訳者への道
翻訳者になる前は、どのような仕事をされていましたか。
流通企業を 2 年半で退職後、翻訳学校に通い、翻訳会社で校正、翻訳チェッカー、翻訳に従事していました。
翻訳者を目指そうとした動機はどのようなことですか。
流通企業に勤めていた頃、書店でたまたま「通訳・翻訳ジャーナル」という雑誌を見かけ、その雑誌を購入し、もう一度勉強し直して、英語を生かした職業に就きたい思ったのがきっかけです。
翻訳者になるために、どのような学習準備をしましたか。
翻訳関連の書籍を購入して、どの翻訳学校がよいか調べましたね。
翻訳者になる準備段階で、生活スタイルは変わりましたか。
勤めていた会社を退職し、約 3 年半ほど、フェロー・アカデミーという翻訳学校に通いました。
翻訳会社もしくはクライアントによる翻訳トライアルを何社、受けましたか。
15 社ぐらい受けました。
翻訳トライアル結果は、どのような状況でしたか。
12 社ぐらい合格しました。
「トライアル」という文化は翻訳業界に特有のものですが、翻訳者の「翻訳技能」を精確にテストできるものだと思いますか。
トライアルの内容が自分の得意分野であった場合にはほとんど合格しましたので、ほぼ精確に反映しているのではないでしょうか。
■翻訳者のライフスタイル
翻訳者として自立し、初めての翻訳の仕事は、どのようなものでしたか。
初めての仕事はプログラミングマニュアルでした。
これまでに最も印象的だった翻訳の仕事はどのようなものですか。
銀行業向けの経営管理ソリューションの翻訳です。
専門性が高い分野であるにもかかわらず、参考資料がほとんどない状況で、銀行業務、新 BIS 規制、SOX 法について勉強するきっかけとなった仕事でした。
専門および取り扱い分野について、教えてください。
次の分野を主に取り扱っています。
・コンピュータソフトウェア分野
・コンピュータハードウェア分野
・ネットワーク・通信関連
・インターネット関連技術
・各種通信システム・装置
・ERP/CRM/SFA
・金融・経済
・人文科学系
専門および取り扱いの言語について、教えてください。
英日翻訳です。
受注しているなかで、比較的多い文書の種類、形態について、教えてください。
オンライン翻訳と doc 形式です。
翻訳会社もしくはクライアントのインハウス翻訳者としての経験はありますか。
あります。
フリーランスとして自立する場合、何がもっとも困難でしょうか。
翻訳の仕事がしたい一心で突っ走ってきたので、何が困難かあまり考えたことがありません。
ただ、トライアルに合格してもすぐにお仕事をいただけるわけではないので、コンスタントにお仕事をいただけるようになるまでの道のりが大変だと思います。
どの業界でもフリーランスとして自立するには、経験と人脈がないと厳しいのではないでしょうか。
翻訳を行う時間帯、作業配分など、スケジュールの工夫や難しさついて教えてください。
午前8時から午後5時まで、午後9時半から11時ぐらいまでです。
もちろん忙しいときは夜中の 2 時ごろまで作業します。
自分が 1日で処理できる翻訳量に合わせてスケジュールを立てますが、スケジュールどおりにはいかないこともありますので、そのときは休日も作業します。
フリーランスとしてのライフスタイルについて自由でうらやましいといった声もありますが、どのように思いますか。
確かに時間的に融通が利くことが最大のメリットであるとは思いますが、締め切りに間に合わせるために休日を返上することもかなりありますので、片手間でできる仕事ではないと思います。
フリーランスとして生き延びていくための厳しさとはどのようなことでしょうか。
翻訳という仕事は、英語の読解力だけでなく、日本語の文章力、専門知識、調査力も必要ですので、常にスキルアップを図っていかないと生き延びていくことはできないのではないでしょうか。
また、徹夜作業もありますので体力がないと厳しいです (笑)。
翻訳者になってよかったと思うこと、翻訳者冥利に尽きるというようなことはどのようなことでしょう。
私としては、好きな仕事に携わることができるだけで本当にありがたいと思っています。
最初はコンピュータ関連の仕事がメインでしたが、流通企業に勤めていた経験が ERP、CRM ソフトウェアの翻訳に役立ち、さらにそれをきっかけにほとんど経験がなかった金融・経済分野に広げることでき、よかったと思っています。
翻訳者冥利に尽きることは、やはりクライアント様からのお褒めの言葉をいただいたときです。
■技術翻訳の世界
翻訳を行う場合の心構えとして大切にしていることを教えてください。
・ご依頼いただいた案件の参考資料を必ず読み、重要なポイント 、たとえば、統一すべき用語、表現などを頭に入れる。
・不明な点などがあったら、うやむやにせず必ず質問する。
訳文を再度見直す。
・いろいろ調べた結果、どうしても疑問が解決できない文に関しては、必ず翻訳者コメントを提出する。
以上を心構えとしています。
翻訳を行う場合、技術上、心掛けていることを教えてください。
インターネットで情報収集したり、書籍を購入したりして、専門分野で通用する翻訳スキル、日本語の表現力の向上を心掛けています。
翻訳の品質について、一定水準を維持するために、実践していることはありますか。
上述した翻訳者としての心構えの他に、誤字、脱字、訳抜けなどのミスをなくすため、訳文を必ず見直しています。
「翻訳支援ツール」や「機械翻訳」に対する信頼性について、教えてください。
翻訳支援ツール、中でも翻訳メモリについては、過去の訳文を再利用できる、大きなプロジェクトで複数の翻訳者が分担して作業する場合に統一性を図る上で信頼性は高いとは思いますが、機械翻訳については、現時点でも前処理、後処理にかなりの作業を要するので、翻訳支援ツールに比べ信頼性は低いのではないでしょうか。
「機械翻訳」は、翻訳者の脅威となりうるものですか。
ここ 20 年でコンピュータ技術が目覚しい発展を遂げ、普及した背景を考えると、機械翻訳が翻訳者の脅威となりうる可能性はありますが、実用に耐える機械翻訳の開発には、その前に人間並みの人工知能を実現しなければならないという非常に高いハードルがあります。
翻訳作業の効率化は進んでも、翻訳者という職業はなくならないと勝手に思っていますが・・・ (笑)。
「翻訳支援ツール」は、何を所有、使用していますか。
その中で、翻訳社として優れていると思われるツールについて教えてください。
所有しているのは Trados、SDLX、PASSOLO です。
使用経験のあるツールは 6 つぐらいでしょうか。
どのツールにも一長一短がありますので、どれが最も優れているかは断言できないです。
ローカライズ業界では、「翻訳支援ツール」の実装によって、報酬体系まで変化させてきました。いわゆる翻訳メモリのマッチ率に準じた比例レートの適用は、翻訳作業の負荷に見合うものだと思いますか。
答えにくい質問ですが(笑)、翻訳作業の負荷に見合うかどうかは、クライアント様から提供される翻訳メモリの品質に左右されると思います。
「翻訳支援ツール」に頼るローカリゼーションビジネスの問題点があれば、ご指摘ください。
作業の効率化に伴い、現在では 100% マッチセンテンスは確認作業なしが基本になったため、誤訳、脱字などのミスが改善されないまま、延々と流用されてしまうことが一番の問題点ではないでしょうか。
ローカライズでは、製品の世界同時発売に合わせ短納期が宿命付けられてもいます。
納期優先と品質維持は両立できるでしょうか。
ローカライズの発展により、その 2 つを両立させることが重要な要素になっていますので、それに対応できるように翻訳作業のスキルアップを図っていますが、高い品質を維持するには、やはりある程度の時間が必要だと思います。
ローカリゼーションにおける技術翻訳は表現の標準化(均質性、統一性)と効率化に集約されるという指摘があります。これによれば、技術翻訳は、文芸翻訳などにみられる日本語特有の表現の多様性、多義性を喪失していくプロセスということになります。
表現者として、ローカリゼーションとしての翻訳の本質とは何だと思われますか。
技術翻訳と文芸翻訳を比較することにそもそも無理があります。
技術翻訳、特に大量のマニュアル案件などでは、作業の効率化、品質維持を実現するために、日本語特有の表現の多様性よりも表現の標準化が重視されているわけですし…。
翻訳の各分野で求められるニーズが異なっても、表現者として、ローカリゼーションとしての翻訳の本質は、どちらも書き手の意図をよく理解して伝えることだと思っています。
日本経済の衰退とともに、ローカリゼーションにおける「日本語」の位置づけや重みが後退しているようです。
ローカリゼーションの主たる担い手として、今後の翻訳業界に、どのような希望と展望を抱いていますか。
厳しい経済状況がまだまだ続くと思われますが、クライアント様、翻訳会社様とさらなるコミュニケーションを図り、翻訳の仕事を続けたいと思っています。
